昨日、テレビのニュースで小学校受験についての特集をやっていました。
見ていた感想は…あえて率直に!!こりゃダメだろ!!
何がダメかって、出てくる親が言っているコト!
「ああ、よくある教育熱心な親の話題か…」って感じに見ていたんですけど、インタビューに答えている親の言葉に…唖然…
『だって、教育に熱心な有名な学校に任せておけば安心でしょ』
(´Д`)…マカセルって…
これって、育児放棄じゃね?子どもの教育(それを教育というかわからんけど)に熱心なように見せかけて、実際には子どもの教育まる投げしてね?
ここは、あえて過激に誤解を恐れず言ってしまおうと思います。「他人まかせにしてちゃあ、(それがどんないい学校、有名校だろうと)いい子になんかならないよ」と。
ちなみに、僕、こんなコト言ってますけど別に小学校や幼稚園の『受験』とか『進学』に関して否定的とか批判的ってわけじゃあありません。より特色のある教育、自分が子どもに得てもらいたい教育方針に合った学校へ親が入れさせてあげたいというのは自然の事。お受験結構、進学結構ーそれが僕の考えです。
でもね、この親が子どもにしてる事って、ただ子どもを塾に入れて、やれ勉強せいー希望校に入るぞーの尻たたき…入学試験で面接ウケするための親子交流…そんなんです。それで子どもの教育に関して言ってる事は『有名な学校だから任せておけば大丈夫』ですって…
コレを育児放棄と言わずなんと言う?
受験に励む親子がことごとくこんなだとは言いませんが、この日のテレビで出てきた親は教育熱心そうな顔してるくせに、ただやたら学校任せ、有名校なら安心みたいな、言い方だったからことさら『ダメだこりゃ』って思ったんです。
子供を育てるっていうことは生きていく上で必要な『知識』と『知恵』を身に付けさせていくことです。自転車の前輪と後輪のどちらかが欠けてしまったら、その自転車はちゃんと走ることはできなくなってしまうように、この『知識』と『知恵』はどちらかが欠けても子どもは『良い子』には成長できないんです。
『知識』というのは、どれだけたくさんのことを知っているか〜ということ。これは言葉だったり文字の書き方、計算の仕方といった、学校で学ぶことができるものです。
対して『知恵』というもの。これは、言い方をかえると「人間性」とか「生きる力」「創造力」と呼ばれる物です。身に付けた『知識』をどう使うか?身に付けた『知識』を生かして、どのような人間になっていくかは、この『知恵』の部分の成長が大事になってくるんです。
この『知恵』の部分が未熟なままだと『自発性』や『積極性』、人に対する『やさしさ』などが欠けた人間になってしまいます。
学校や塾といった教育機関はどちらかといえば『知識』を身に付けさせるのを得意とした場所です。でも、『知恵』の部分を身に付けさせよう…というのは苦手でしょう。一時言われていた『ゆとり教育』っていうのは、この知恵の部分『生きる力』を身に付けさせようという目的で進められたのですが、今はもう、学力向上が第1!ということですたれちゃいました。
数十人の生徒を先生1人が見る学校教育の限界がこの辺りにあると思うんですけどね…
では、『知恵』はどこで身に付けるか、これはベタかもしれませんがやはり『家庭』の役割が大きいと思うんですよ。自発性を伸ばす、人との接し方、やさしさ…そんな人間性の基本となる部分は集団管理の学校よりも家庭や地域社会においてはぐくまれる部分です(現在、地域社会の教育能力はあてにならなくなっていますが)。だから、子どもの教育は、他人任せ、学校任せじゃあダメなんです。
有名校に入れるコトしか頭に無い親、勉強で1番にするコトしか頭に無い親…
そんな環境で育った子どもはきっとアンバランスな大人に育つんでしょうね…
コラムのタイトルを「僕の作るおもちゃの遊び方」と題しておきながら、ここまで全然おもちゃの話題が出ていないのですが…ココからは、おもちゃのお話です。
僕は自分がおもちゃを作るとき、おもちゃで『遊ぶ』という行為を通して、なんらかの『学び』を得られるようなおもちゃ作りを心がけています。この部分の考えは「Best Toy ・Best Time」という理念に現れているわけですが。
では、この発達段階にあわせた「学び」を得られるおもちゃ達、ただ、子どもに与えておけば、狙いである「学び」は得られるのでしょうか?僕のおもちゃ作りの方向性でもある『心も体も健康な明るい子供』になれるんでしょうか?答はノー。
与えたおもちゃによって、おもちゃの動き、機能によってからだの動かし方や五感の訓練は身につくかもしれません。でも、それはあくまで「知識」的な学びでしかないんです。
僕が思う、おもちゃの優れた点というのは、「おもちゃを使うことによって子どもとのコミュニケーションを豊かにしてくれる、人間性を育ててくれる」という点なんです。
ただ子どもにおもちゃを与えて遊ばせておく。多忙なお母さんにとっては家事の合間に子供の相手をしてくれるおもちゃはこの上ない助っ人です。
でも、おもちゃをただの子どもの遊び相手、お守り役で終わらせてしまうのはもったいないことです。なにより、ただ、こうして与えられただけのおもちゃはすぐに子どもに飽きられてしまうのです。
「いつもこうしなきゃいけない」
とは言いません。
でも、僕の作るおもちゃを子どもに与える時、時には子どもと一緒になって遊んであげてください。ガラガラがうまく鳴らせた時、一緒に笑ってあげて下さい。ミニカーを走らせて遊んでいる時、一緒になって子どもの世界に入ってあげて下さい。
おもちゃを与えるだけなら、ただの「知識」の遊びです。
でも、一緒になって遊ぶこと笑うことによって子どもの感受性はより豊かに成長します。
遊びの世界に参加する事で、子どもの世界はさらに広がり創造力がふくらみます。
おもちゃがあることによって、子どもと一緒に遊ぶ環境がそこに作れます。
そして、おもちゃを通して子どもと一緒に遊ぶことによって、子どもの「知恵」の部分の成長、「感受性」や「創造力」を伸ばすことができるんです。
よく、子どもにおもちゃを与えてもすぐ飽きて遊ばなくなる。という嘆きの声を聞きますが、子どもに遊び飽きられたミニカーを持ってきて、「これはワルモノの車、いま逃げてるの」なんて、ためしに物語のきっかけを作ってあげてみて下さい。きっと子どもは目を輝かせて「ぼくパトカー!ワルモノまてー!」って遊び飽きたはずのミニカーを持って追いかけて来るでしょう。
遊びをおもちゃ任せにしていませんか?
おもちゃは、子供の「遊び」という行為を通してさまざまな体の成長、気付き、学びの入り口になっています。しかし、子どもは自分の力だけでは、「遊び」の世界を「学び」の世界を広げる事はできません。
僕が作るおもちゃも、ただ与えるだけなら「知識」のおもちゃで終わってしまいます。でも、できるなら、このおもちゃを使って、「知恵」の成長、「感受性」や「創造力」を伸ばし、『心も体も健康な明るい子供になってもらいたい。』と思うのです。
そして、それは作り手ではなく、子供の身近にいる人間だけができる事なんです。
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